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yoichi
こんにちは。アカツキ広報です。
アカツキテラス【メンバーインタビュー】コーナーでは、アカツキメンバーの生の声や想いをお届けいたします。

第一回インタビューは元漫画家志望、大手メーカーでの壮絶な経験をへてアカツキへジョインしたyoichiさんのインタビューをお届けします!

漫画家になるという夢を1度あきらめる

子供の頃、僕は漫画家になりたかったんです。暇があれば、ずっと絵を描いていました。しかし中学校になると絵を描いていることをひどくバカにされて漫画家になることをあきらめてしまった。夢も希望もない状態でしたが、その時もやっぱり、アニメやマンガが好きで救われていました。
中学を卒業後、高校は情報処理科に進み、プログラミングとCPUの勉強をしていました。勉強は真面目に取り組みつつ、当時、大好きだった「ファミ通」にネタを書いてハガキで送るような生活をしていました。ファミ通の編集で働きたいと進路の先生に懇願したのですが、「うち、そういうのやっていない」と断られ、結局、大手半導体メーカーの山形支社に就職することになりました。

理想とは違った、大手半導体メーカーでの毎日


就職することになった企業は、日本中が知る大手半導体メーカーであり、デスクワークでのかっこいいビジネスマンになることを想像していましたが、工場で半導体製造装置に向き合う毎日。他も、何か思っていたのと違う。大人の社会というよりは、ヤンキー高校の延長。年功序列はもちろん、因縁つけられて、殴ったり蹴られたりすることもありました。最初の1年〜2年は辛かったですね。ただ何年かすると、ある程度仕事が出来る様になったこともあり、ラクして仕事を流す期間が10年程続きました。

やっぱり、漫画を描きたい。7年以上、毎日4時間の練習

明確に変わったのは、28〜29歳くらいです。「やっぱり、漫画を書こう」って思ったんです。このまま好きな事に取り組まないまま、30歳をむかえてよいのかという思いもあり。どうせやるなら本気でやろうと思いました。それから35歳までほぼ休まず、1日4時間以上の絵の練習と漫画の執筆を重ねました。睡眠2時間〜3時間が続くことも多かったが、だらしなく生きてきたツケだと思ってただペンを握っていました。覚悟を決めて生きないと、この先の人生、絶対よくならない。そう思って一心不乱に続けましたね。

突然訪れた2万人規模のリストラに思う事

そんな中、突然、2万人規模のリストラが発表されました。幸い、僕はリストラ候補ではなかったのですが、同期で仲が良かった人が対象になってしまいました。友人はチャレンジもしていたし評価されていいと思っていた。むしろ、働いている振りが上手い人がいて、逆にそういう人が評価されていた。人の人生を切るというジャッジを、こうも適当にやってしまう事に憤りを覚えました。仕事・組織の在り方に完全に憤ってしまって、辞める事を決めました。その後、たまたま、友人から東京でアプリ会社立ち上げの話を頂き、東京に行く事となりました。

本当になすべき事は何か、やりたい事に向き合う東京生活

東京にくると、その会社で働くのではなく、なぜか他社へ派遣されます(笑)ただ、憧れていたソシャゲのイラストの仕事に就く事ができました。しかし、これまで中堅で、後輩も慕ってくれたし、評価もしてくれた環境から一転、上手くいかない事ばかりの毎日。もともと絵を描きに東京に来たのに、ただ指示書をかいている。ハードワーク。何をしに東京に来たのだろうと自問していた頃、次の派遣先がアカツキになったんです。アカツキで働くということを通して「本当にやりたいことは何なんだろう」という想いが生まれ、それが今後を変えていくきっかけとなりました。

アカツキでは、「こんな会社もあるんだ」というカルチャーショックの連続でした。今まで、「誰かのせい」で片付けていた。本当の原因は何かという話をすることがあっても、結局誰の責任かという問いになり実践は出来なかった。それがアカツキでは日常で当たり前にある事に驚きました。他にはスゴい会議。今までは意見をするとオーナーになって全責任をもたされる。チャレンジして失敗すると、マイナス評価される。だから言わない方が得だという文化でした。だからみんな黙っている。それがアカツキでは話したら拍手をしてもらえる。「会議が楽しい」という事があるんだ。意見をいって、肯定的に受け入れられるんだ。という感覚に驚きましたね。そのときは派遣社員だったんですけど、教育も手厚く、あれこれを自然な空気感で教えてくれました。

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こういった環境で働くうちに、考え方が変わっていきました。アシスタントディレクター業務が面白くて、これならば、常に絵を描けなくてもいいなと思えました。やりたいことを成し遂げるにはいろんな方法と、向き不向きがある。漫画以外にもhowはある。自分の思いが、たくさんの人に届けばいい。ディレクションというかたちで関わったものが世に届くなら、それでもいいと思えました。なすべきことが明確になってきた瞬間です。
その後、派遣社員の僕がチームのデザインリーダーになり、マネジメントもするようになりました。そして正社員になった後に、クリエイティブチームが結成されてからは、プロダクトをまたいだアートディレクターのマネジメントや採用の仕事もしています。

正解が社内にあるわけでもなく、誰も教えてくれない中、今もトライ&エラーを繰り返しています。上手くいかないことも多いけれども、これが後の人たちの財産になる。「ここをやりきったら、いいものが出来るし、今後の皆の仕事も楽になるな」と、失敗を財産にしたいという気概でやっています。
アニメだったり、プロダクトだったりコミックでもよいので自分が携わったものが、たくさんの人に愛してもらえるとすごく嬉しいです。今も、ゲームで生み出したキャラが動いている。声がでている。ユーザーから愛されている。いろんな人にいろんな感情を届けられているのでとても嬉しいです。3年後には、アカツキのキャラクターが国境を越えて、もっともっと愛されていると嬉しいですね。

プロフィール
1977年山形県生まれ。工業高校情報技術科を卒業後、大手半導体メーカーの地方支社に就職。17年勤務の後、東京でのアプリ企業の立ち上げにデザイナーとして従事。2013年11月に派遣としてジョイン後、2014年8月に正社員に。新規プロダクトのアートディレクターに従事する傍ら、プロジェクト横断クリエイティブチームの活動にも奔走中。

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